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東京地方裁判所 昭和51年(ワ)9319号 判決 1982年2月17日

原告

西村幸夫

右訴訟代理人

小宮正己

右訴訟復代理人

井上順夫

田中章雅

被告

日総リース株式会社

右代表者

根本勝

右訴訟代理人

山下進

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一請求の原因1の事実、同5の事実のうち、原告が被告に対し、昭和五一年一月二五日、一八〇万五六〇〇円を支払い、被告振出にかかる金額九〇万二八〇〇円、支払期日同年二月から昭和五三年一一月まで毎月二五日とする為替手形三四通の引受をしたうえで、これを交付し、その為替手形のうち、支払期日が昭和五一年二月から同年七月まで及び同年九月から昭和五三年四月までの二六通については、いずれも各支払期日にこれを支払い、結局、原告は被告に対し、合計二五二七万八四〇〇円を支払つたこと並びに同7の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二原告は、原告・被告間に本件金銭貸付契約が成立した旨主張し、右の金員の支払い及び為替手形の引受、交付は、右契約に基づく元利金の支払いとして、又はその支払いのためになされたものであると主張するのに対し、被告は、原告・被告間に成立した契約はリース契約である旨主張するので、以下、この点について判断する。

<証拠>によれば、以下の事実を認めることができる。

1  原告は、昭和四八年頃、医療金融公庫から融資を受けられるとの見通しのもとに、新病院の建築を計画し、その工事に着手したが、予期に反し、右公庫からの融資の実現が困難となつたため、右工事の資金を別途調達する必要に迫られ、昭和五〇年二月頃、これまでにもいくつかの病院の事務長として病院の資金調達をした経験を有する小菅靖彦を西村内科病院事務長の資格で雇い入れ、その資金の調達にあたらせることになつた。

2  当時、原告は担保に供し得る資産を有していなかつたため、小菅は、以前からの知り合いでリース業界にも顔が広い小池博美に融資を得る方法を相談した。その頃、リース業界では、いわゆるリースバック、すなわち、申込者は自己所有の物件についてリース会社との間でリース契約を締結し、リース会社が右リース物件の所有権を取得するために要する売買代金を直接リース会社から受け取り、又は右リース物件のリース会社に対する売主として第三者を介在させて、この第三者を介して売買代金を受け取ることにより、リース会社から事実上融資を受けることを目的とするようなリース契約が相当に広く行なわれており、小菅は、遅くとも、右小池と話し合ううちに、このようなリースバックの仕組を理解し、これを利用してリース会社から融資を得ようと考えるようになつた。また、小池自身も、その当時資金繰りの苦しかつた高橋ベットの営業部次長の資格で、専らその資金繰りを担当していたため、原告とリース会社との間でリースバックをまとめれば手数料を得ることができるばかりでなく、リース会社からリース物件の売買代金として振出される手形を一時資金繰りに利用できると考えてこの話を進めることになつた。

3  そして、小菅らは、リース会社である被告及び武州商事株式会社に右のようなリースバックによる融資を依頼したのであるが、被告との交渉については、小菅が原告を代理し、被告の営業担当である棚川宏一及び右小池との間で折衝がなされた結果、原告が所有し、西村内科病院に設置して使用されていた本件医療機器を被告が原告にリースする旨の契約書を作成して、原告・被告間でリース契約締結の手続をとり、小池が高橋ベットの資金繰りのため自ら代表者となつて設立したJMP(但し、設立登記は未了)が被告に対し、本件医療機器を二五〇〇万円で売り渡したものとし、被告がその売買代金を支払うというリースバック形式により原告に融資をすることで合意が成立し、原告自身も、被告から融資を受けるために原告・被告間でリース契約締結の手続をとる旨説明を小菅から受けてこれを承諾した。そして、同年一二月二五日付で、リース物件 本件医療機器、リース期間リース物件受渡完了日から三六か月間、リース料 一か月あたり九〇万二八〇〇円を毎月二五日に先月分を支払う旨記載されたリース契約書(以下「本件リース契約書」という。)が原告・被告間で取り交されるとともに、同日付のリース物件検収書及び借受証を原告が被告に発行して、リース契約締結の手続がとられた。

4  その後、昭和五一年一月一六日、前記合意に基づき、小池は被告に対して、JMP名義で本件医療機器についての納品書及び請求書を発行した。被告は、同月二五日、原告が前払リース料及び第一回リース料として一八〇万五六〇〇円を支払い、かつその後のリース料の支払いのために、請求の原因4記載の為替手形三四通を引受け、被告に交付するのをまつて、同月二六日、本件医療機器の売買代金として被告振出の金額合計二五〇〇万円の約束手形数通を小池に交付し、小池は被告に対し、JMP名義で領収書を発行し、右約束手形はいずれも各支払期日に支払われている。

5  ところが小池は、被告から交付を受けた右約束手形を原告には交付せず、高橋ベットの資金繰りに利用し、原告に対しては、小池及び高橋ベットの高橋専務から、同日、手数料を差引いて現金三三五万円及び請求の原因3記載の高橋ベット振出にかかる約束手形一三通金額合計一八〇〇万円、さらに同年二月二〇日、現金九〇万円を小菅に対しそれぞれ交付し、小菅は、特に異議を述べることなくこれを受領したが、高橋ベット振出の右約束手形のうち、支払期日が同年四月二八日のもの三通金額合計三〇〇万円は支払われたものの、残り一〇通金額合計一五〇〇万円はいずれも高橋べットの倒産により不渡りとなつた。

以上のとおり認められ、この認定に反する証人小菅靖彦の証言部分はにわかに措信できず、他に右認定に反する証拠はない(但し、右認定事実のうち、本件医療機器が原告の所有であつたことは当事者間に争いがない。)。

右認定事実に基づいて考察するに、原告がいわゆるリースバックの方式により、前記3認定のような契約を締結した目的は、リース会社から支払われる売買代金に応ずる金銭を中間に介在する第三者から受領することによつて、事実上融資を実現するにあり、右契約の締結はそのための手段としてなされたものであることは明らかであつて、被告もまた、少なくとも直接の担当者である棚川は、本件がこのようなリースバックであり、原告の目的が融資を受けることにあつたことは充分に了解していたものであることが認められる。

しかしながら、融資を受けるという経済的な目的でなされたリース契約であつたとしても、その法律的な手段として、目的物件である本件医療機器を賃貸する形式をとり、当事者間で真にこれを賃貸借する意思がある限り、なおリース契約として有効に成立し、金銭消費貸借契約が成立したものではないと解すべきところ、原告の代理人として被告との交渉を進めた小菅は、前記リースバックの仕組について充分理解したうえで、前記3認定のようなリース契約締結の手続をとることを承諾したものであつて、リースバックやリース契約自体について何らの知識もないままこれを承諾したものではないこと、さらに、本件に関しては本件リース契約書等、通常リース契約に必要な書類はすべて整えられており、これらの書類以外には、本件が金銭消費貸借契約であることを窺わせるような裏契約書等の作成がされたような事実は本件全証拠をもつてしても認められないことからすると、昭和五〇年一二月二五日、本件リース契約書を取り交すことにより、賃貸借契約の性質を有する本件リース契約が締結されたものと認める他はなく、ただ、その経済的な目的が原告への融資を実現することにあつたにすぎないものというべきであつて、原告主張のような金銭貸付契約が締結されたものとは、認められない。

三原告は、本件医療機器が原告の所有であつて、他に売り渡したことはなく、したがつて被告がその所有権を取得することはないから、本件リース契約は不成立であると主張するが、目的物件につき賃貸人が所有権等の使用収益権能を有していることはもとより、賃貸借契約の成立要件ではないから、右主張は主張自体失当である。もつとも、賃借人が既に右権能を有しており、かつ、およそ賃貸人が賃借人から右権能を取得しうる可能性がないような場合には、当該賃貸借契約は不能を目的とするものであり、その本来の効力を生じないものとして、解除の意思表示等をなすまでもなく無効と解すべき余地もありうる。そこで右主張の趣旨にかんがみ、念のためにこの点について考えるに、本件リース契約は、原告に融資を行う目的でリースバックとしてこれを締結したものであることは前記二において認定したとおりであり、したがつて、本件医療機器については、原告・被告間でも直接又は第三者を介在させて売買契約を締結し、被告にその所有権を移転させることが当然に予定されているものである。そして、その方法については、前記二3ないし5の認定事実及び弁論の全趣旨からすると、本件医療機器を原告から被告に直接売り渡すのではなく、原告から高橋ベットへ、高橋ベットからJMPへ、JMPから被告へと順次売り渡す方法によるものとし、遅くとも昭和五一年一月二六日には、被告・JMP間及びJMP・高橋ベット間では代金二五〇〇万円、高橋ベット・原告間では代金二一三五万円(同年二月二〇日、二二二五万円に増額)にて、それぞれ売買契約が締結されたものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。そうだとすると、本件リース契約が無効と言えないことは明らかであり、また前記のとおり被告はJMPに対し右売買代金の全額を支払済みであり、高橋ベットが原告に対し、右売買契約の代金の一部を支払つていないとしても、それだけで直ちに原告が本件リース契約に基づく賃料の支払いを拒絶しうる根拠となるものではない。

原告は、さらに、本件リース契約の成立が認められるとしても、それは心裡留保、通謀虚偽表示又は錯誤により無効である旨主張するけれども、前記認定のとおり、原告の代理人として本件の交渉を進めた小菅は、リースバックである本件リース契約の仕組を充分理解して、その締結に応じたものであつて、ただその経済的な目的が原告に対する融資を実現することにあつたにすぎないものであるから、小菅が本件リース契約を真実締結する意思を有していなかつたものとは認められず、また、その点につき錯誤があつたとも認められないから、原告の主張は理由がない。

四そして、原告の被告に対する前記金員の交付及び為替手形の引受、交付が、本件リース契約に基づき、その賃料の支払いとして、又はその支払いのためになされたものであることは、前記説示のとおり本件リース契約の成立が認められる以上、前記二1ないし5の事実に照らし明らかである。

五また、本件リース契約は賃貸借契約であるから、これに基づき賃料を請求しうるためには、目的物件である本件医療機器が引渡され、原告がこれを使用しうる状態になつたことが必要であるが、本件リース契約はリースバックとして締結されたものであり、本件医療機器は、本件リース契約当時既に原告が西村内科病院に設置して使用していたものであること及び、原告は、本件リース契約の締結に際し、あわせてリース物件検収書及び借受証を発行していることは前記二において認定したとおりであり、右事実によれば、本件医療機器が被告に売り渡されるのに伴い、占有改定の方法によつて原告に引渡されたものと解すべきであるから、被告は原告に対し、本件リース契約に基づき賃料を請求しうるものである。

六よつて、原告の請求はすべて理由がないこととなるのでこれを棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(原健三郎 満田忠彦 山本恵三)

(別紙)手形目録、物件目録、計算書<省略>

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